社会人一年目のペーペーブログ

人々を見ていて思うことを書きます。

経験や直感に頼る人は、メニューを見ずにビーフストロガノフを作るくらいの危うさを抱えている

こんばんは。

タイトルがかなり長くなってしまいました。

 

大塚愛みたいに、(黒毛和牛〜)長くしたい時だったのです。

 

タイトルに戻りますが、皆さん直感や経験に頼り過ぎてるときないですか?

例えばどうすれば自分が幸せになるとか、何か物を決める時にです。

ちょっとそんなことについて書いてみたい。

 

 

 

 

直感か経験か

だいたいものを決める時の分かれ方って直感か経験かの二つに分かれるような気がしています。

経験に頼る方法は、一見良いように見えますけど、経験したことがないことが降りかかってきた時には、お話にならないですよね。

それこそ今までたくさん料理はしてきたけど、いきなりビーフストロガノフを作れって言われたら無理だと思います。

 

次に直感に頼る方法だと思いますけど、これもまた当たれば良いけれども、当たらないときは怖いですよね。

なぜか例えが全部ビーフストロガノフなんですけど、(打つのも面倒)それこそ作ったことないのに、勘でビーフストロガノフができるくらいすごいことです。

 

経験は饒舌

そうするとじゃあどうすればいいのかというのがまた問題になりますよね。

直感にも経験にも頼り過ぎないってことが大事なんだと思います。

 

普通ある程度の年数を生きていると、行動の先、物事の先を考えられるようになるはずです。

なぜならたくさん経験を積んでるはずだから。

経験は饒舌です。それを忘れないようにしないといけないと思います。

そして同時に直感に頼ってよかった時は、経験として蓄積されます。

 

従って直感が当たると思い込むんだと考えています。

 

それらに変わるものとして

料理、しかも打つのがめんどくさいビーフストロガノフで例えるなら、今まで料理をしてきたから(作ったことあるのは卵焼きとかシンプルなものだけなのに)ビーフストロガノフも作れると思い込むこと、これが経験に頼りすぎる危うさです。

 

同じようにこれまで料理はしたことがないが、たまたまローストビーフが作れたから、ビーフストロガノフも作れると思い込むこと、これが直感に頼る危うさに似ていると考えています。

 

じゃあどうするのか。

料理で例えるなら、メニューを探せばいいのです。

 

メニューの探し方

探し方なんてとても簡単です。ググれば終わりです。

判断基準が上の二つしか無い人は、このことを見失ってます。

前は経験に頼って大丈夫だったから、前は直感に頼って大丈夫だったから、今回も大丈夫だとは限りません。

そんなの考えればすぐわかる。

 

僕が思う判断基準は、よく考えることです。

 

前とどう違う状況なのか、経験を引き出しにするのは構いません。

だけど同じことは二度と起こらないから、それに頼りすぎるのはよくない。

 

考えすぎるとうまくいかないとか、それは逃げです。

考えられてないだけだと言われてもしかたない。

 

メニューを知ってそうな人に聞けば良いのに、探せば良いのに。

二十歳過ぎてそれもできないようじゃ残念ながら・・・と思ってしまいます。

 

説教くさくなったけれど

自分の周りにこんな人が多かったので書いてみました。

行動の先にどうなりそうかを考えること。その引き出しとして、経験とかを使ってください。

考えられないはずがない。何よりも自分のことなんだから。

 

うまくいかなくなる前に気づいて欲しいです。

 

僕も一人で全部やろうとし過ぎてかなり失敗しましたから。

今までそれでいけたから、他のオプションを捨てたのが原因です。

何事も自分だけではうまくいきません。

だからこそ考える力を使うべきなんだと僕は思っています。

人の心に残ること、人の心から消えること

こんばんは。

 

ふと思ったことを書こうと思います。

今回は(いつもだけど)あんままとまっていません笑

なのでふわっとしていると思います。

 

心に残ることってどういうことなんだろうと思ったのがきっかけです。

いつも忘れない人を思い出しながら読んでもらえれば。

 

 

 

 

 

忘れるとはどういうことか

心に残るってことは、つまり忘れられないってことです。

ただこの忘れないというのが曲者だと僕は思います。

 

大体歳もある程度重ねてくると、それなりに辛いことを経験してきていると思います。

どうやってそれを乗り越えているかというと、忘れていっているんだと思います。

 

だけど本質は違って、人は忘れたことを忘れないんですね。

あくまで経験ですが笑

 

なので大体の忘れるというのは、薄れていくということだと僕は思います。

この状態を僕は心に残るとも言えると思っています。

 

本当の忘却

じゃあ本当に忘れるというのはどういうことかというと、忘れたことも忘れてる場合です。

(忘れたことも忘れてることは覚えてるやんけと突っ込まないで笑)

 

本当に覚えていないことってあるじゃないですか。

一年前に食べたパンの枚数とか、今日駅ですれ違った人の顔とか。

 

こういう状態を心に残らないって言うんじゃないかなぁと思っています。

 

人間関係に置き換えると

これらを踏まえて、忘れることを人間関係に置き換えてみたい。これが本当にやりたかったことです。

 

先ず、忘れたことも忘れないを含めて、薄れていっていても覚えている人というのは、その人の中で現状意味のある人だと考えることができます。

 

駅ですれ違う人と違い、忘れていないわけですから。

 

なので心に残る人というのはそういう人たちなんだと思います。

それが犯罪者であれ、離婚した旦那であれ、別れた彼氏であれ、昔の友人であれ。

 

自分にはない何かをその人たちから得ようとしているから、忘れていないのだと思います。

 

忘れることってわるいこと?

こんな風に書くと、忘れることがいけないことのように見えるかもしれません。

 

でも忘れることは、その人が幸せな証拠なんだと考えています。

その人というのは、忘れている張本人のことです。

 

なぜかというと、その人の中で、対象人物が必要なくなった証拠だからです。

 

恋愛に例えると分かりやすいと思います。

例えば僕に彼女がいて、付き合っている時はやっぱり1番に考えて欲しいとしましょう。

でも時がきて別れることになると、僕は別れても少しは覚えていて欲しいなぁなんて思ったりします。

だけど彼女にとってみれば、僕以上の誰かに出会って僕のことなんか忘れるくらいが一番良いのではないかなぁと思うわけです。

 

僕といるよりもその人のといる方が幸せなわけですから。

 

何が言いたいかというと

人の心に残ることを願うのも悪く無いですけれど、

相手のことを思えば、自分よりもいい、優れた人間に、モノに、その他諸々に出会ってその新しい物たちを心に残してくれる方がいいですよねって話です。

 

忘れられるのは寂しいことですけれど、それは個人的な思いであって、人のことを思えばワンランク上に出会って欲しい。

こんな風に考えてみるのも時としてはいいのではないでしょうか。

 

忘れられるくらいがちょうどいいのかもしれません。

対象人物が幸せな証拠として、僕は見ています。

 

消せない思い出ってのは、書き換えられない最高のものなんですね。

だからそれは覚えておけばいいというか絶対覚えています。

両親兄弟の死とか、子供が生まれるとか、結婚するとか、リストラされるとか。

二度と起こらないようなことは人の心に残るのでしょう。

 

最後に

今回はあんまパッとしなかったですね笑

 

ただ人生は繰り返しです。失敗、成功、実行、思考。

大体この積み重ねです。なのに同じミスを繰り返していく。

反省のために記憶を探してみたらこんなこと書きたくなってしまいました笑

 

世にはストーカーとか、いろいろこだわったりする人がいますが、それが本当に相手のためなのかを考える手段として、こういう考え方をしてみるのもまた良いと僕は思います。

 

 

大人と子供とそうでない人と〜某アイドルを例に〜

今のとこ2日連続で書けています。

 

まぁそのうちペースは落ちると思いますが笑

 

ところで僕は大学生の時に塾でバイトをしていて、特に最後の年はかなり有意義に過ごせたと思っています。

生徒によくお酒の話をしていたのですが、(授業しろという声が聞こえる。)早く大人になりたいと彼らは言いました。(お酒のプレゼンがうまくいっただけかも、、)

だけど子供でいることの良さもあると思うのです。

 

だからというのもおかしいですが、大人と子供について思うこともあるので書きたいなと思います。

 

 

 

 

 

大人ってなんやねん

中学生くらいの時か、それとも高校生の時か忘れましたが「大人になりなさい。」そう言われたことが幾度かありました。

 

その度大人になるってなんやねん!って思ってた記憶があります。

 

確かに大人になることってわかんないですよね。

子供みたいな大人がいるっていうのは、漠然とわかるし。

逆に大人みたいな子供がいるっていうのもわかる。

(逮捕された某アイドルとか、、)

 

じゃあ子供って何かから考えよう

皆さんは子供ってどんな人だと思いますか?

年齢的なことを言う人ももちろんいるだろうし、振る舞いや態度かもしれない。

 

でも自分より年下で、大人だなって思う人もいると思います。

振る舞いも然りです。

 

僕は正直、「我慢ができない人」が子供だと思います。

(お酒を我慢できない僕は子供です笑)

 

大人とは

この流れから想像できるとは思いますが、大人って「我慢できる人」だと思います。

 

それが比較的年齢に比例したり、振る舞いに現れたりするだけだと思うのであります。

その人がどれだけ我慢しているかは見えないわけですから、端から見て飄々としている人がそれなのかもしれません。

 

見分けるのは難しいかもしれないですね。

 

具体的には何が違うのか

じゃあどういうところが違うのか。

それは人のせいにできるかどうかだと思います。

 

子供のうちは、責任の所在が他にあるのではないでしょうか。

例えば子供がやらかした場合には親が批判をくらいます。

あるいは社会が悪いということでもあると思います。

これはその通りで、我々大人に分類される側がしっかりしなければならない。

こういうことを分からないまま社会に足を突っ込むと、某アイドルのようになるのかなぁと思っています。

 

大人になると、責任は自分で持たなければなりません。

その場合批判されるのは基本的には(親を除いて)自分だけです。

 

某アイドルの場合は、大人と見られる風貌や年齢でありながら、無責任な振る舞いをしたから批判の的になっていると思います。

 

大人になる基準

日本では成人年齢は20歳だと考えられています。選挙以外の多くはその年に解禁されます。

僕は流石に20年も生きれば色々わかるだろうと思うのですが、中には20半ばで子供みたいな人もいます。

 

正直残念でならない。

速い人は10代のうちからそれを心のどこかで理解し始めます。

逃げながら邪に生きる人を見てもったいないと思ってしまいます。

 

その人がどれだけ優しくても、イケメンでも、美人でも、頭が良くても。

 

我慢を覚えるには

僕ももちろん完璧ではありませんが、我慢を覚えるには苦しいことを経験しないといけないと思っています。

人によってはそれが部活だとか、勉強だとか、色々あると思います。

 

そういうのがない人は、大体20過ぎても自分を探しています。

もちろんそうでない人もいますが。そういう人をdisりたいわけでもないです。

 

だけど人はみんな我慢しながら生きています。思い通りになることなんてさらさら無い。それは仕事でもそうでしょう。

 

羨ましく見える人は飄々と我慢している人です。絶対みんなが我慢している。それを分かった時に初めて大人になれるのかなと僕は思います。

 

最後に

こんなことを書いている当の本人は、お酒を我慢できずに飲みながら書いています。笑

説得力あんまないですね笑

 

ただ大人子供っていうのは年齢ではないって話です。

人によります。

大人だなって人に出会った時は、その人が我慢できる人なんだなって思うと見習えるかなって話です。

 

僕は日常でも、職場でも先輩に恵まれています。

 

先生には恵まれていません。

読んで字のごとく、先に生まれただけの人であることが多かったからです。

 

あまり年齢に左右されずにいることが、ある意味若くいられる秘訣かもしれないですね。

 

 

 

モチベーションを求めたり、好きなことを探したり

お久しぶりです。

 

無事に卒業論文も書き終わり、社会に揉まれ始めてしばらく経ちました。

余裕も出て来たのでまた書き始めようかなと思っています。

 

正直これまで書いてきた内容は自分が大学生だからということで、働くことに関してはあまりキツくというか、攻めて書けませんでした。

「大学生が何言ってんだ。」と言われそうでもあったので。

 

今も社会人一年目ですが、一応肩書きは得たので書いてみようと思ったわけです。

(個人的にはそんな肩書きあんまり意味ないと思うのですが笑)

 

今回は仕事に対するモチベーションとか、やる気とか、そういう話題に現状するつもりです。

モチベーション(笑)

確かうすーい記憶ではどこかで読んだ思い出があるので、今から書くことは二番煎じかもしれません。

 

僕はモチベーションというのが嫌いです。

そんなもの求めてどうすんねんと思います。

 

よくある例としては、「モチベーションがないと仕事ができない。」とか言う人です。

周りに比較的多くいる気がします。

じゃあお前はコピー1つ取るのにもモチベーションを求めるのかと言いたくなります。

じゃあお前はしょうもない形式ばった書類を作ることにも求めるのか。

じゃあミスって謝る時もモチベーションを求めるのか。

 

そんな風に僕は思うわけです。

 

やる気(笑)

モチベーションは本来動機みたいな意味ですけど、やる気とも似た意味で使っている人もいます。

やる気に関しても、仕事に持ち込むなとは思います。

 

やる気がなくてもやらなければならないことが仕事ですし、正直嫌なことの方が多いと思います。

いちいちやる気なんて持ち込んでたらあっという間にどん底マリアナ海峡より深く気分は沈むんちゃうかなと。

 

好きなことを仕事にする

僕はこういう考えの人が一番わかりません。好きとか嫌いとかではなく、理解に苦しみます。

好きなことの中にもそもそも嫌なことってないですか?

例えば僕はお酒が好きですけど、それを仕事にしてしまったら二日酔いに苦しむことになります。そんな日は「もう二度と飲まない。」ってなりませんか?笑

 

好きなことだけしていると、必ず痛い目にあうと思うんですね。

 

二面性

物事には基本的に二面性があるというのが、哲学をやっていて学んだことです。

好きという気持ちがあるから、嫌いというのが生まれる。

正があるから不正があるというように。

 

同じように仕事にやる気があるを持ち込むと、やる気がないが生まれてしまう。

同じように仕事にモチベーションを持ち込むと、それがないが生まれてしまう。

 

そんなものがあったら能率が下がったりすると思うのです。

 

若いうちの仕事なんて

正直若いうちの仕事なんて、特に大きな会社であればあるほど、単純なことしか任されないと思います。

コピー取るだけとかは流石にないにしても、状況の変化があるにしても基本的には方針に従って働くだけです。

やる気なんてなくなって当たり前です。好きなことにだけ目が行って当たり前。

 

何をもって仕事とするのか

じゃあお前はロボットになれというのか、そういう声が聞こえて来そうです。

決してそうではありません。人間にしかできない仕事は確実にあります。

 

コピーを例に取るなら、コピーを取ることにもいくつか段階があるのだと思います。

何も考えずコピーを取るのか。

どんな人が使うのかを考えながらコピーを取るのか。

その内容を頭に入れ、いずれ来るときのために備えながらコピーを取るのか。

 

自分が将来どうすれば今より良くなれるのか。それを目指して働くべきだと思います。もちろん組織のことを考えるのもそうです。

そして社会人である以上、社会に貢献しなければなりません。

 

最後に

僕たちは、少なくとも同世代の我々は、そういう意味で大人にならなければならないと思います。

いつまでも好きなところにだけ目を向けるとか、思考停止するとか、やる気やモチベーションに頼るやり方はやめるべきだと僕は思います。

 

もちろん他に意見があっていいと思います。

だけれど、世の中のために本当になっている人はこんな人であってほしいなと思っています。

 

 

魔法使いの大学教授-勉強が必要な理由-

大学に入ると、ある学年で研究室に所属することがほとんどだと思います。

僕の大学の場合は一年生の時からです。

僕は担当教授が二人いて、授業に真面目に出ているかは置いておいて、かなり尊敬しています。

そこで印象的だったことを書きたいと思います。

大学っておもしろいところなんだと伝われば。

 

 

僕の今の研究室

僕は今、社会学と、哲学の研究室にいます。

専攻は哲学なので、社会学は趣味程度ですが。

哲学に関しては、大学受験のときに面白いと感じたのが一番の専攻理由です。

社会学は、担当教授の淀みない知識がまるでシャーロックホームズのようであり、そこを一番尊敬しているので、選択しました。

二人とも印象的なのですが、哲学が専攻なので、そちらのことを先ずは書きたいと思います。

 

魔法の研究

実は僕は二年生の後期になるまで、自分の先生の研究内容を(恥ずかしながら)知りませんでした。

新入生に向ける講義に先生が出ると言うのでそれを聞きにいった際、先生が魔法について研究していることを知ったのです。

みなさんは、人を喜ばせることができる魔法を知っていますか?

みなさんは、人を仲間につけることができる魔法を知っていますか?

 

少し考えてから、先に進んでもらえればと思います。

 

 

魔法のこたえ

先生は言いました。人を喜ばせることができる魔法は、「ありがとう。」だと。

人を仲間につけることができる魔法は、「助けてください。」だと。

 

柄にも無くとても感動したのを覚えています。

確かにそうだな、と。

ありがとうを取ってみれば、たった5文字の、音の組み合わせでしかありません。

それなのに、人にたくさんの想いが伝わる素敵な言葉です。

だから僕はとても感動しました。そういう捉え方もあるのかと。

 

人はみんな魔法使いなのですね。

 

先生は言語哲学者だということがこの時にわかりました。

 

人はなぜか他の動物と違い、言葉を操ります。

そしてそれを使って意思伝達をします。犯罪を犯した時ですら、酔っ払ったときですら、人を好きになった時ですら、それを使います。万人に共通なものだからこそ、先生はそれを魔法として捉えているのかもしれません。

 

勉強の必要性

勉強は言葉を使います。

それはつまり魔法の勉強なのです。

過去様々な不思議事象があり、それを人は言葉によって説明してきました。

過去魔法であったことは、今や自然科学、社会科学の一部です。

 

僕の塾で、生徒は正直勉強を楽しんでいません。

勉強が楽しくない学生諸君にこそ読んで欲しい。

言葉は自然に使っているけれども、それは魔法に近いものなのだと。

 

勉強がもっとできればと思ったことがあるでしょう。

それがもっと得意になる魔法があればと思うでしょう。

 

人間はすでに魔法を持っています。たくさん人を動かすことができる、感動させることができるものを。

そいいう自覚を持ってこそ、勉強は楽しく、彩りや実りのあるものになると思います。

 

勉強が嫌いな人は、魔法を捨てているも同然です。

だから戦争や、争いが起こるのかもしれません。

 

僕は新興宗教の人間ではありませんが、言葉の力は信じています。

 

勉強嫌いな諸君が思っているより、世界はカラフルです。

楽しいです。だから勉強をして欲しいと思います。

ただの大学生のクセに、バイト先で僕がうるさい理由

始めに

僕はたくさんバイトしてきました。今もそうかもしれません。

あくまで社会人ではなく、大学生であり、社会人の人がよく言う「バイトに何が分かるんだ。」というのが最もよく当てはまるパターンかもしれませんが、それでもなお僕はバイト先で意見を発します。

多分ウザいと思われています。バイト仲間にもそう思われているかもしれません。

だけれどうるさいのをやめない。その理由を少し。

 

 

バイトと正社員の違い

これが先ず議論されなければいけないと思います。もちろん福利厚生面や社会保険等様々違いはあるのですが、一番は責任を負うか負わないかだと思うのです。

一般的には、バイトに責任の重くかかる仕事は回されません。例えばお金の管理等です。

また、職場に来る頻度が少ない。これもあってやはり正社員とバイトではできる仕事に差がでてきます。

 

嫌いなバイト、好きなバイト

長いことバイトしていると、後輩がどんどん入ってきます。

今まで見てきた中で、僕が嫌いなタイプと、好きなタイプがいます。

前者は、サボるやつ。遅刻するやつ。すぐ辞めるやつ。何も考えないやつ。

後者は、必死なやつ。稼ぎたいやつ。因果関係を考えられるやつ。

 

後者はバイトのあるべき姿だと思います。というか、常識に近いのかもしれません。遅刻なんてのは論外です。僕が一番嫌いなのは遅刻です。デートで遅刻して来ることすら考えられないと思ってしまいます。笑

 

やはり前者のような人間には仲間になって欲しくないので、ここで僕のうるさいポイントが一つ発揮されます。

 

上司の嘆きを聞いて

僕だって無鉄砲にうるさいわけではありません。ただやはり前項の前者のような人間が入ると、上司にあたる人の嘆き節を聞くわけです。(僕はなぜだかそういう役回りが多い)

「また、新人やめちゃったなぁ〜」

「遅刻多いなぁ〜」

「真面目に働いて欲しいなぁ〜」

などなどです。

嘆いているだけでは変わらないので、「じゃあもっと真剣に採用したらどうでっしゃろか。」そう提案します。

面接風景をとなりで感じて、ダメそうだと思ったらそれも伝えます。

あくまで一意見として。

 

管理職の辛さ

こればっかりは未経験なのでよくわかりません。ただ、大学生が簡単に働けるようなところだと出入りも激しいような気がします。

そもそも就職活動の時はあれだけ面接をするのに、バイトは一回しかも30分ほど。それで嘆かれてはこっちもたまりません。

バイトによってはほぼ、社員と同等のスキルが必要なものもあります。(コンビニとか)

だから僕は噛み付くわけです。「それでいつも失敗しているんだからやり方変えなはれ。」

 

大学生側にも罪はある

先ずやる気がない奴は来るな。そう思います。「楽そうなのできました。」みたいなやつが一番地雷です。

金が無くて、働かなきゃ死ぬ。そんな奴ほど(僕みたいに)辞めません。やりがいとかそんなのは二の次で、死が迫っているほど必死になると思います。

金を稼ぐのは楽ではないです。嫌なことだってたくさんある。残業だってさせられる。それを自分の意思でできるのは、必死なやつだけだと思うのです。

 

ブラックバイトとは

よってブラックバイトなんてのは、本人の感じ方だと思います。楽だと思っては入ればそりゃブラックだと思うでしょう。

僕は稼がなければ生きれないので、一時期話題になったワンオペ(一人で店舗を回すこと)も、辛いとはあまり思いませんでした。時給は発生しますし。これは就職してからもそうなんじゃないかな。

自分の思ってる範囲の狭い広いが、ブラック認定に関わってくのかもしれません。

人権がないとかはもちろんブラックですが。

 

主張だけが激しい学生

僕のバイトの同僚がまさにそういう状態です。求められていることができていないのに、給料上げろだの、休ませろだの言います。

僕は「アホ抜かせ」と思います。契約したシフトに先ず入れよと。

「働かないけど100万ください」そんな要望が通ると思うのかと。

僕は死ぬほど働いた上でなお死なずうるさいのです。うるさいにしてもこいつらよりはまだマシだろうと思っています。

 

僕の主張が強い理由

バイトでうるさいのにはこういうわけがあります。

時には上司と喧嘩、(まぁ話し合い)にもなりますし、意見がぶつかる時もあります。だけれどバイトはバイトとして、必死なやつのためにも、僕らの目線から分かることを伝えなければいけません。人一人で成り立つのならそもそもバイトは雇わないはずだからです。

一番いいのは駒になることでしょう。それはわかっています。だけど自分によくない。僕はまだまだ成長しなければいけない使命があるので、こんなところで収まっていてはいけないと思うのです。

だから契約をしっかり守った上で主張をします。

バイトを始めたい大学生、高校生に読んで欲しいなと思います。

 

 

 

ベンチャー企業か大手企業か

お久しぶりです。去る6月1日から採用面接が解禁され、周りの人たちに何故か大手かベンチャーか迷ってるという相談を受けます。

それについて書きたいなと思ったので。

 

なぜみんな大手を目指すのか

大手がいい人はなぜいいのでしょうか。

よく聞くのは周りがみんな出しているから一応応募はするという理由です。

僕的にもっともかわいそうだなと思うのは、親が大手志向だからという理由です。

親が子供の選択肢を狭めてどうすんねん!とは思いますが、論点がずれるので後ほど。

 

本当に大手は安定してるの?

親が子に大手を勧める理由には、やはり安定しているからということでしょう。

でも本当にそうなのかと疑うことも必要ですよね。

東芝だって、シャープだって怪しくなってしまう時代です。

あらゆることに関して、自分で考えるというのが必要になってきているのだと思います。

 

企業に安定を求めるな

実は恥を忍んで言うのですが、ぼくも最初は安定したところ・・・と思っていました。が、とあるベンチャー企業の人事の方に、企業に安定を求めるなと叱られました。

確かにそうだなと反省した覚えがあります。

自分がどんなところでもやっていける人間なら問題ないですもんね。その会社が潰れようが。

 

ベンチャーの利点

先ずベンチャー企業のいいところを挙げたいと思います。

これはまた別のベンチャー企業の採用担当の方(僕が読者になっているブログの方)に、打席がたくさん回って来るという風に言っていただいたことを覚えています。

これが真理なのではと思います。

成長したい!!という人にはとても魅力的な風に映りますよね。

 

大手企業の利点

次に大手の利点ですが、先ず人脈が広がる上にすでにノウハウがあるので、多分仕事がしやすいと思います。すでに顧客もいるのですぐに潰れる心配も確かにないと思います。

研修や福利厚生も高確率で大手の方が充実しているイメージです。

出来上がった環境にいたい人にはぴったりですね。

 

どちらがいいのか

もうお判りだと思いますが、つまりどちらがいいのかはその人によるのであります。

ただ最もありえないのは、親の意見で決めること、大手の方が安定しているから大手にすること、よく調べもしないでベンチャーを毛嫌いすることだと思います。

 

実際僕はベンチャーもええなぁと思っていました。ギラギラしている人が多いし、向上意欲も強い人が多い。僕は福利厚生から作りたいのではなく、(そこに興味はなくて)社会に影響の多い仕事がしたかったので、大手の方を選びました。

癖が強いひとが多くて、少し難しそうなのもありましたが・・・笑

 

チャンスが多いのが売りです

若手にも活躍の機会が多いです。こんな風に言う会社は個人的には信じていませんでした。

付加価値としてそれがあるぶんにはいいのですが、それを売りにしているとは如何にと思うのです。

会社に入った時点である程度必要なわけですから、活躍しなければいけません。どの会社でもそうなのにそれだけを売りにしている会社は他に何もないんだなと思います。

考え方は人それぞれですが。成長環境もどこにでもあるので。

自分に合うか合わないか、究極的にはこれです。