社会人一年目のペーペーブログ

人々を見ていて思うことを書きます。

人の心に残ること、人の心から消えること

こんばんは。

 

ふと思ったことを書こうと思います。

今回は(いつもだけど)あんままとまっていません笑

なのでふわっとしていると思います。

 

心に残ることってどういうことなんだろうと思ったのがきっかけです。

いつも忘れない人を思い出しながら読んでもらえれば。

 

 

 

 

 

忘れるとはどういうことか

心に残るってことは、つまり忘れられないってことです。

ただこの忘れないというのが曲者だと僕は思います。

 

大体歳もある程度重ねてくると、それなりに辛いことを経験してきていると思います。

どうやってそれを乗り越えているかというと、忘れていっているんだと思います。

 

だけど本質は違って、人は忘れたことを忘れないんですね。

あくまで経験ですが笑

 

なので大体の忘れるというのは、薄れていくということだと僕は思います。

この状態を僕は心に残るとも言えると思っています。

 

本当の忘却

じゃあ本当に忘れるというのはどういうことかというと、忘れたことも忘れてる場合です。

(忘れたことも忘れてることは覚えてるやんけと突っ込まないで笑)

 

本当に覚えていないことってあるじゃないですか。

一年前に食べたパンの枚数とか、今日駅ですれ違った人の顔とか。

 

こういう状態を心に残らないって言うんじゃないかなぁと思っています。

 

人間関係に置き換えると

これらを踏まえて、忘れることを人間関係に置き換えてみたい。これが本当にやりたかったことです。

 

先ず、忘れたことも忘れないを含めて、薄れていっていても覚えている人というのは、その人の中で現状意味のある人だと考えることができます。

 

駅ですれ違う人と違い、忘れていないわけですから。

 

なので心に残る人というのはそういう人たちなんだと思います。

それが犯罪者であれ、離婚した旦那であれ、別れた彼氏であれ、昔の友人であれ。

 

自分にはない何かをその人たちから得ようとしているから、忘れていないのだと思います。

 

忘れることってわるいこと?

こんな風に書くと、忘れることがいけないことのように見えるかもしれません。

 

でも忘れることは、その人が幸せな証拠なんだと考えています。

その人というのは、忘れている張本人のことです。

 

なぜかというと、その人の中で、対象人物が必要なくなった証拠だからです。

 

恋愛に例えると分かりやすいと思います。

例えば僕に彼女がいて、付き合っている時はやっぱり1番に考えて欲しいとしましょう。

でも時がきて別れることになると、僕は別れても少しは覚えていて欲しいなぁなんて思ったりします。

だけど彼女にとってみれば、僕以上の誰かに出会って僕のことなんか忘れるくらいが一番良いのではないかなぁと思うわけです。

 

僕といるよりもその人のといる方が幸せなわけですから。

 

何が言いたいかというと

人の心に残ることを願うのも悪く無いですけれど、

相手のことを思えば、自分よりもいい、優れた人間に、モノに、その他諸々に出会ってその新しい物たちを心に残してくれる方がいいですよねって話です。

 

忘れられるのは寂しいことですけれど、それは個人的な思いであって、人のことを思えばワンランク上に出会って欲しい。

こんな風に考えてみるのも時としてはいいのではないでしょうか。

 

忘れられるくらいがちょうどいいのかもしれません。

対象人物が幸せな証拠として、僕は見ています。

 

消せない思い出ってのは、書き換えられない最高のものなんですね。

だからそれは覚えておけばいいというか絶対覚えています。

両親兄弟の死とか、子供が生まれるとか、結婚するとか、リストラされるとか。

二度と起こらないようなことは人の心に残るのでしょう。

 

最後に

今回はあんまパッとしなかったですね笑

 

ただ人生は繰り返しです。失敗、成功、実行、思考。

大体この積み重ねです。なのに同じミスを繰り返していく。

反省のために記憶を探してみたらこんなこと書きたくなってしまいました笑

 

世にはストーカーとか、いろいろこだわったりする人がいますが、それが本当に相手のためなのかを考える手段として、こういう考え方をしてみるのもまた良いと僕は思います。